その単語、辞書通りに訳してはいけません。

(2021-07-19 追記)

IT業界で使われる単語の中には、英語に翻訳した時に辞書的には正しくても注意を必要とするものがあります。 いくつか紹介します。

基盤

ITシステムにおけるハードウェアやミドルウェアなどを指して"基盤"という表現をinfrastructureと訳すことがあります。英語のinfrastructureは、道路・鉄道・電力網・通信網・上下水道などのように"広く何かを支える設備や施設"について用いられます。

パブリッククラウドのように複数の企業・団体・個人のシステムを支えたり、プライベートクラウドのように企業内・団体内の複数のアプリケーション(適用業務)を支える基盤の場合は、infrastructureが相応しい場合もありますが、単にひとつのアプリケーションを稼働させるためだけの基盤であれば、"土台"という意味のplatformと訳した方が日本語が示している意味に近くなります。

InfrastructureとPlatform

InfrastructureとPlatform

なお、この図におけるinfrastructureとplatformは、日本語の"基盤"の対訳として用いられる際の概念を図式化したものであり、いわゆるクラウドサービスの提供形態としてのInfrastructure as a Service (IaaS)やPlatform as a Service (PaaS)においてのinfrastructureとplatformの概念を説明するものではありません。

画面

これは以前私もやっていた間違いですが、アプリケーションの画面のことをscreenと英訳していました。単語としては画面をscreenと訳すこと自体は間違っていませんが、英語のscreenは、PCなどのディスプレイやモニターもしくは映画館のスクリーンとしての画面、つまり画像や映像が映し出される平面を表します。

検索画面や一覧画面などのアプリケーション内の画面という意味であれば、User Interface (UI)と言います。

screenで想像されているもの

Photo by Jessy Smith on Unsplash

本番環境

ITシステムがエンドユーザーに対して業務サービスを提供する本番環境は、production environmentと言います。稀にreal environmentと訳しているケースを見かけますが正しくありません。

今時の辞書ツールであれば、本番環境をproduction environmentと訳してくれますが、省略して"本番"とだけ書いていると正しく訳されない場合もあるので、注意が必要です。

Photo by Science in HD on Unsplash

機能

機能という単語を辞書で調べると、function、functionality、feature、capabilityなどいくつか訳語の候補が出てきます。私の周りでは、日本語の文章における"機能"を"function"と訳していることが多い印象があります。アジャイル開発をしている人は訳語というよりは、専門用語としてfeature (フィーチャー)とcapability (ケイパビリティ)をそれぞれ別の言葉として使っているかもしれません。

Features and Capabilities - Scaled Agile Framework

これらの単語は英語圏の人も使い方を迷うようで、検索すると掲示板で使い分けを質問している投稿がいくつもヒットします。

"function" vs "functionality" | WordReference Forums

word choice - "Functionalities" vs "features" - what's the difference? - English Language & Usage Stack Exchange

What is the difference between features and capabilities? - Quora

それぞれの単語をMerriam-Webster Dictionaryで調べてみると以下のように書かれています。

function
: the action for which a person or thing is specially fitted or used or for which a thing exists : PURPOSE
: any of a group of related actions contributing to a larger action
especially : the normal and specific contribution of a bodily part to the economy of a living organism

functionは、"役割"や"(特に臓器の)機能"という意味で使われるようです。
一方、プログラムにおける"関数"という意味もあるため、同じ文章の中で"機能"と"関数"の両方の言葉が登場する場合は、両方とも"function"と訳してしまうと区別がつかなくなるので注意が必要です。

functionality
: the quality or state of being functional
especially : the set of functions or capabilities associated with computer software or hardware or an electronic device

ソフトウェア、ハードウェア、電子機器が特筆されているように、functionalityはITシステムにおける"機能"の訳語として使えます。

feature
: a special attraction: such as
c : something offered to the public or advertised as particularly attractive
// one of the car's most popular features

featureには、"特徴"や"特性"という意味もあるため、製品などの特長としての"機能"の訳語に適しています。

capability
: the quality or state of being capable
: the facility or potential for an indicated use or deployment

capabilityには、"能力"や"性能"という意味もあるため、"ITシステムやコンポーネントでできること"を強調するときの"機能"の訳語に適しています。

英語圏の人も迷うくらい使い分けが難しいこれらの単語ですが、文脈や強調したい内容に合わせて使い分けることで、英文にメリハリが生まれて読みやすくなります。

全角/半角

Unicodeだけを扱うITシステムに関わる場合はあまり意識する必要ないかもしれませんが、基幹システムに携わる場合やバックエンドのレガシーシステムとの接続を開発する場合などは、入力チェックやデータベースなどを実装するために、現在も全角文字と半角文字を意識しなければいけないことがあります。全角と半角を辞書で調べるとそれぞれfull-widthhalf-widthと出てきます。この訳自体は間違ってはいませんが、生まれてこの方ASCII文字にしか触れたことのないラテン文字圏の人は実は何のことかあまり想像ついていません。

文脈にもよりますが、全角文字と半角文字の違いを伝えなければいけない場合は、multibyte charactersingle byte characterと表現します。

(2021-07-19 追記 special thanks to K.M.)
また、Unicode 以前から使われている言葉としてDBCS (double-byte character set)という言い方もあります。メインフレームなどで日本語・中国語・韓国語などの文字を2バイトデータとして符号化・処理していたことからきています。比較的歴史の長いITシステムやハードウェア/ソフトウェア製品の国際化に携わっている人とのコミュニケーションでは、DBCSという表現が通用しやすいかもしれません。

ただし、UTF-8では日本語文字を3バイトで符号化しているなど、全角文字が必ずしもダブルバイトではないケースもありますので、入力チェックやデータベースの仕様書などでバイト数についての厳密さが求められる場合は使い分けに注意が必要です。

Photo by Angga Indratama on Unsplash

電文

電文とは、システム間もしくはシステム内で送受信されるデータを指す言い方です。主にメインフレームで使われているやや古めかしい言葉ですが、現在でも金融機関や官公庁などでは使われています。

電文を辞書通りにtelegraphtelegramと訳した場合、日本語で言う"電報"や"電信"のような意味になります。

今時のITシステムであればmessageと表現した方が伝わります。

telegraphで想像されているもの

Photo by Chris Boyer on Unsplash

telegramで想像されているもの

Photo by Sandra Tan on Unsplash

還元

金融機関では、本部で作成し営業店に送付する内部管理資料のことを"還元資料"もしくは"還元帳票"と言うことがあります。言葉の由来は、システム上のデータを帳票(レポート)として人が読める状態に戻すという説や、元々営業店で収集された情報を本部で加工して戻すという説などがあるようです。

還元を辞書で調べるとreductionと出てきます。しかし、これは化学反応における酸化の反対の作用としての還元の意味になります。また、reductionには削減、減少、縮小という意味もあるため、還元帳票をreduction reportなどと訳してしまうと、何かを削減した報告という意味になってしまいます。

内部管理資料という意味でのinternal reportinternal documentで通じます。

また、還元資料/還元帳票を営業店に送付するという意味での動詞の"還元する"も、当然reduceではなく、sendもしくはdeliverとなります。

Image by David Schwarzenberg from Pixabay

(2021-07-19 追記 special thanks to T.A.)

OA端末

オフィスでメール作成や文書作成をするためのPCのことをOA端末と呼ぶことがあります。OAは"Office Automation"の略で、金融機関のように早い段階で業務プロセスにITを取り入れている組織で比較的多く使われている呼び方のように思います。そのような組織のIT部門では、高スペックな開発マシンと区別して、そこまでのスペックを求められない日常業務で利用するPCのことを指したりします。

OA端末を直訳するとOA terminalとなりますが、英語圏の人にはちょっと古めかしい言い方のように聞こえています。英語のterminalは"終点"や"末端"という意味で、メインフレームの利用者用の装置が、現在のPCとは異なり処理能力を持たない入力と出力だけを担う機器だった頃の表現からきています。また、日本語の文章の中で"OA"と略している限りは気にならないかもしれませんが、Office Automationという言葉も現在はやや死語っぽい印象があります。

今時のPCのことを指しているのであれば、client PCclient deviceなどと表現するのが良いと思います。また、セキュリティの分野ではendpointという言い方もありますが、この場合はPC以外にタブレットスマートフォンなども含まれるような表現になります。

OA terminalで想像されているもの

Image by andreas160578 from Pixabay