デグレを degrade と訳しても通じない

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デグレード」は和風英語

ソフトウェアを更新した際に、新たに埋め込まれたバグなどによってそれまで正常に動作していた機能に不具合が生じたりすることを、日本のIT業界ではよく「デグレした」という言い方をします。「(品質などが)低下する」意味の "degrade" (デグレード) に由来しています。

日本語で書かれた情報工学の論文を調べてみると、ソフトウェアの文脈での「デグレード」は 1970年代頃には登場しており、IT業界では早い段階から使われてきた言葉のようです。

大島裕, ソフトウェア・エンジニアリング:ソフトウエアの信頼性, 情報処理, 1975.

菅野文友, 設計べからず集-13-コンピュータ・ソフトウエア作成におけるデグレード防止について(設計のページ), 品質管理 29 (11), pp.1406-1410, 1978.

機能が正常に動作することもひとつの品質特性のため、一見 "degrade" と言っても良さそうに思えますが、英語圏の人が "degrade" を見ると、応答時間の遅延のような非機能の品質低下を想像します。また、ソフトウェアの変更のように何かのきっかけで品質が低下するという意味もありません。

そのため、「デグレ」を "degrade" と訳しても、日本語と同じ意味では通じません。

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英語では「regression (リグレッション)」

では、英語圏で同じことを何と表現するかというと、"regression" と言います。日本語では「回帰」とも訳されますが、「以前の、あまり進歩していない、あるいは悪化した状態、状況、振る舞い方に戻ること」という意味になります。

日本のIT業界だと、「リグレッションテスト」や「(リグレッションテストを行うための) リグレッション環境」のように、テストの文脈で使われることが多いようです。

International Software Testing Qualifications Board (ISTQB) や Japan Software Testing Qualifications Board (JSTQB) では、ソフトウェアの文脈における regression / リグレッションを以下のように定義しています。

Regression testing: It is possible that a change made in one part of the code, whether a fix or another type of change, may accidentally affect the behavior of other parts of the code, whether within the same component, in other components of the same system, or even in other systems. Changes may include changes to the environment, such as a new version of an operating system or database management system. Such unintended side-effects are called regressions. Regression testing involves running tests to detect such unintended side-effects.
International Software Testing Qualifications Board, Certified Tester Foundation Level (CTFL) Syllabus Version 2018 v3.1.1

リグレッションテスト:修正および変更でコードの一部に対して行った変更が、同一コンポーネント、同一システム内の他コンポーネント、または他システムの振る舞いに意図せず影響を及ぼす場合がある。変更には、オペレーティングシステムやデータベース管理システムの新しいバー ジョンなど、環境の変更も含まれる。そのような意図しない副作用をリグレッションと呼ぶ。リ グレッションテストでは、テストを実行して、そのような意図しない副作用を検出する。
International Software Testing Qualifications Board, テスト技術者資格制度 Foundation Level シラバス Version 2018V3.1.J03

デグレード」は日本では広く通用するだけに注意が必要

デグレード」は日本のIT業界では英語圏における「regression (リグレッション)」の同義語として広く通用する言葉になっており、以下のようなソフトウェアテストやソフトウェア品質の専門家による記事でも、英語圏では "regression" の言葉を使うという但し書きをしつつ、あえて「デグレード」を使っています。

デグレ(デグレード)とは|デグレのリスクや原因、対策 - SHIFT ASIA -ソフトウェア品質保証のプロフェッショナル-

ソフトウェア開発者を悩ませる「デグレード(デグレ)」とは?原因と対策方法【テスト技法・工程 】| Qbook

しかし、英語でIT文書を書く際には、"degrade" は通じないため、"regression" を使うようにしましょう。