ある日本人コンサルタントと米国人シニアマネージャの会話
ここは US のとあるITプロジェクトの現場。日本から US に派遣されている日本人コンサルタントの Ken と、US本社のシニアマネージャの Cameron が何かを話しています。
Cameron「Ken、今のフェーズあと数か月で終わるけど、deliverable は予定通りできてる?」
Ken「来月ワークショップを開催してその結果をまとめたら、あとはそこで出た課題のフォローアップだけですね。」
Cameron「いいね、私もワークショップは楽しみにしているよ。ところで、SOW *1 の deliverables に書いてある****って見たことないんだけど、どこにあるの?」
Ken「その成果物は作ってないですね。WBSにもないです。」
Cameron「おいおい、それって大丈夫なのか?」
Ken「このフェーズ始める時にお客様と決めた成果物はちゃんと作ってお客様がレビューしたものを SharePoint にアップロードしてますよ。前のフェーズも同じやり方でしたし。」
Cameron「いやいや、SOW に書いてある deliverablesはちゃんと提出しないとダメでしょ、契約なんだから。あとあと問題になるよ。」
さて、この Ken と Cameron の会話では何が起きているのでしょうか?
成果物 は deliverable とは限らない
先ほどの会話の中で、Ken は"成果物"という言葉を使っているのに対して、Cameron は "deliverable" という言葉を使っています。日本語の "成果物" は英語の "deliverables" と訳されることがありますが、実はこの2つの言葉は使われる文脈によっては少しニュアンスが違ってきます。
この会話において2人は異なる文脈で話をしています。Ken はプロジェクトのアウトプットについて話しているのに対して、Cameron は契約の内容について話しています。
私自身、"成果物" と "deliverable" の違いを意識するようになる前は、Ken と同じようにプロジェクトで作るものという文脈で "成果物" を捉えていました。その理由のひとつに、日本で働いている頃に準委任契約のプロジェクトに参画することが多かったということがあります。準委任契約のプロジェクトの場合、自分が作る成果物は出来上がった瞬間からお客様のものであり、お客様に納めるという行為がありませんでした。
準委任契約は、原則「一定のスキル、知識を持った人が決められた時間働く」ことを約束するもので、受注者は完成した「モノ」は納めませんが、代わりに「作業報告書」を提出します。
準委任契約(じゅんいにんけいやく):法律用語解説|システム開発契約(基礎編)(2) - @IT
一方、"deliverable" は "届ける" という意味の "deliver" の派生語であることからも分かる通り、"納めるもの"になります。
成果物を表す言葉はいくつかある・・・IBM の開発方法論の場合
IBM の開発方法論では、成果物をいくつかに分類しています。
Engineering Lifecycle Optimization - Method Composer 7.6.2
Creating a work product
A work product is a term that is used to describe task inputs and outputs.
(中略)
There are three types of work products:
- Artifact
- Outcome
- Deliverable
Creating a work product
deliverable
納品物、納入物、提供物の意味です。
コンサルティング会社や ITサービス会社 (所謂 SIer) がお客様に納品するものを表します。事業会社 (所謂 ユーザー企業) であれば、IT部門や DX部門が、システムに投資をした部門やシステムの利用部門に納品するものを表します。
調査報告書、外部仕様書、ユーザーマニュアルなど、表紙と名前をつけて納品するものであることが多いです。お金を払った人にとって価値のあるものです。
通常は、次に説明する artifact を組み合わせてパッケージングして作ります。
artifact
作成物、中間生成物の意味です。
作業の結果として産み出される作成物で、deliverable を最終成果物とみなす場合の中間作成物になります。
アーキテクチャ概要図、ユースケース記述、ユーザーストーリー、画面仕様書、テーブル定義書など、具体的な内容を示す名前がつけられていることが多いです。
これらは単体で納品することもありますが、アーキテクチャ概要図が外部仕様書とユーザーマニュアルにも挿入されるなど、複数の deliverable の一部となることもあります。
outcome
結果、成果、所産の意味です。
作業の結果として産み出されますが、deliverable や artifact にはならないもので、無形であることもあります。
例えば、関係者との合意、システムの出力するログ、テスト結果、プログラムをデプロイした結果としての環境などです。
work product
deliverable、artifact、outcome を区別する時に、それらを包含する概念です。広い意味で成果物という言葉を使っている場合、私は英語では work product と言うようにしています。
その他の分類
IBM 以外の分類も2つほど紹介します。
TOGAF の場合
The Open Group Architecture Framework (TOGAF) では、work product を deliverable、artifact、building block の3つに分類しています。アーキテクチャに注目しているものの、deliverable と artifact については IBM の開発方法論と同じ言葉を使っていますが、outcome がない代わりに、building block という概念が登場しています。
少し長いですが、TOGAF の定義をそのまま引用します。なお、ここでは "work product" を"成果物"、"deliverable" を "納品物"、"artifact" を "作成物"、"building block" を "ビルディングブロック" と訳しています。
The Architecture Content Framework uses the following three categories to describe the type of architectural work product within the context of use:
■ A deliverable is a work product that is contractually specified and in turn formally reviewed, agreed, and signed off by the stakeholders
Deliverables represent the output of projects and those deliverables that are in documentation form will typically be archived at completion of a project, or transitioned into an Architecture Repository as a reference model, standard, or snapshot of the Architecture Landscape at a point in time.
■ An artifact is an architectural work product that describes an aspect of the architecture
Artifacts are generally classified as catalogs (lists of things), matrices (showing relationships between things), and diagrams (pictures of things). Examples include a requirements catalog, business interaction matrix, and a use-case diagram. An architectural deliverable may contain many artifacts and artifacts will form the content of the Architecture Repository.
■ A building block represents a (potentially re-usable) component of enterprise capability that can be combined with other building blocks to deliver architectures and solutions
Building blocks can be defined at various levels of detail, depending on what stage of architecture development has been reached. For instance, at an early stage, a building block can simply consist of a name or an outline description. Later on, a building block may be decomposed into multiple supporting building blocks and may be accompanied by a full specification. Building blocks can relate to "architectures" or "solutions".
The TOGAF Standard, Version 9.2 - Introduction to Part IV
(日本語訳)
Architecture Content Framework では、利用される文脈に応じてアーキテクチャ成果物 (work product) の種類を以下の3つに分類して表現する:
■ 納品物 (deliverable) とは、契約上明記され、関係者が正式にレビューし、合意し、署名した成果物である。
納品物は、プロジェクトのアウトプットを表し、文書形式の納品物は通常、プロジェクトの完了時にアーカイブされるか、ある時点のアーキテクチャランドスケープの参照モデル、標準、またはスナップショットとしてアーキテクチャリポジトリに保管される。
■ 作成物 (artifact) とは、アーキテクチャのある側面を表したアーキテクチャ成果物である。
作成物は大まかに、カタログ (モノの一覧)、マトリクス (モノ同士の関係を示す)、ダイアグラム (モノの絵) に分類される。例としては、要件カタログ、ビジネスインタラクションマトリクス、ユースケース図などがある。1つのアーキテクチャ納品物には、多くの作成物が含まれることもあり、作成物はアーキテクチャリポジトリの中身を構成する。
■ ビルディングブロック (building block) は、(潜在的に再利用可能な)企業機能のコンポーネントを表し、アーキテクチャとソリューションを提供するために他のビルディングブロックと組み合わせることができる。
ビルディングブロックは、アーキテクチャ開発のどの段階まで到達したかによって、様々な詳細レベルで定義できる。例えば、初期の段階では、ビルディングブロックは単に名称や概要の記述だけで構成されることがある。その後、ビルディングブロックは複数のサポート用のビルディングブロックに分解され、完全な仕様を備える場合もある。ビルディングブロックは、"アーキテクチャ"または"ソリューション"関連する。
UML の場合
Unified Modeling Language (UML) では、成果物に相当する概念として artifact を用いています。IBM や TOGAF の分類における work product に相当し、deliverable も含む概念になっています。
ここでは "artifact" を "成果物" と訳しています。
OMG (R) Unified Modeling Language (R) Version 2.5.1
19.3 Artifacts
19.3.1 Summary
An Artifact represents some (usually reifiable) item of information that is used or produced by a software development process or by operation of a system. Examples of Artifacts include model files, source files, scripts, executable files, database tables, development deliverables, word-processing documents, and mail messages.
About the Unified Modeling Language Specification Version 2.5.1
(日本語訳)
成果物 (artifact) とは、ソフトウェア開発プロセスやシステムの運用で使用または生成される、何らかの(通常は再利用可能な)情報項目を表す。成果物の例としては、モデルファイル、ソースファイル、スクリプト、実行可能ファイル、データベーステーブル、開発納品物、ワードプロセッシングドキュメント、メールメッセージなどがある。
"成果物" を英訳する時は文脈によって訳し分ける
今回は、IBM、TOGAF、UML でそれぞれ "成果物" に相当する言葉として何を用い、どのように分類しているかを見てみました。
成果物が、契約書等に明記する納品物を指す場合は、deliverable と言います。(IBM と TOGAF の分類に同じ。)
納品物に限らない成果物の場合は、artifact または work product と言います。(前者は UML の分類に同じ、後者は IBM と TOGAF の分類に同じ。)
納品する予定のない作成物まで deliverables と書いてしまい、社外秘のアルゴリズムなど、渡すべきでないものまで渡すことにならないように注意しましょう。
*1:Statement Of Work (SOW) は、日本語で言うところの作業範囲記述書で、プロジェクトのスコープ、作業内容、納品物、完了基準、スケジュール、サービス金額などが書かれる。プロジェクトの具体的な内容について発注者と受注者の間の合意のために作られる。