英語にするのが難しい日本語⑧「案件」

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ビジネスパーソンにとって仕事の単位となる「案件」

IT業界に限らず企業の中でよく使われるものの、英語にするのが難しい日本語に「案件」という言葉があります。多くのビジネスパーソンにとって、案件は自分が取り組む仕事の単位でもあるため、頻繁かつ便利に使われます。

国語辞典を調べると、「案件」にはいくつか異なる意味があります。それぞれの意味に応じて英単語もいくつかバリエーションがあるため、英訳する時も言葉の意味を考えながら適切な言葉を選択しないと違和感のある英文になってしまいます。

あんけん[案件](名)
①判断・相談してかたづけるべき問題。「討議―」
②調査すべき事件。訴訟(ソショウ)事件。
③〔個別の〕事業。プロジェクト。「大型―」
見坊豪紀編, 三省堂国語辞典 第七版, 三省堂, 2014.

案件の英訳になり得るもの

matter, issue

①の意味における「案件」は "matter" や "issue" と言います。(考慮すべき)こと、事柄、件、問題の意味になります。

例文

この案件は来週の経営委員会の議題にする。
This matter (issue) will be on the agenda for next week's Management Committee.

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case

②の意味における「案件」は "case" と言います。刑事事件や訴訟事件のように警察や裁判所のような公的機関が調査する case もありますが、ビジネスや IT の世界では、顧客やユーザーからの問い合わせなどで調査が必要なものも case と言うことがあります。そのためのソフトウェアやシステムは、case management software/system と呼ばれます。

Service Cloud: Your Complete Toolkit for Customer Service Success - Salesforce.com

What is Customer Case Management? - ServiceNow

Case management for customer service | Pega

例文

製品の不具合についてのお客様からの問い合わせを、案件としてケースマネジメントシステムに登録した。
The inquiry from the customer about the product defect was opened as a case in the case management system.

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project

③の意味における「案件」は、いくつか英訳の選択肢があります。特に、ソフトウェアベンダー、SaaS企業、コンサルティングファーム、インテグレーター (SIer) など、契約に基づいて製品やサービスを提供する企業の場合に、「案件」となる事業やプロジェクトが始まっているかどうかによって、英語表現が変わってきます。

日本語における「案件」が「プロジェクト」と言い換えられる場合は、そのプロジェクトが始まっているかどうかに関わらず、そのまま "project" と訳せます。これは、製品やサービスを提供する側の企業であっても、提供を受ける側の事業会社であっても使えます。

例文

会計システムのクラウド移行を2024年度の案件として計画している。
Cloud migration for the accounting system is planned as a project for FY2024. *1

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opportunity

ソフトウェアベンダーやコンサルティングファームなど、顧客に対して製品やサービスを提供する企業では、未来の契約に結びつくような営業や取引の機会のことを "opportunity" と言う場合があります。元々は、好機やチャンスの意味です。

プリセールスの営業担当にとっては、opportunity が日々追い求めている案件と言えるでしょう。

例文

この案件は、創業者の個人的な繋がりから始まっている。
This opportunity started from the founder's personal connection.

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engagement

"opportunity" が契約前の案件だとすると、契約後の案件を"engagement" という言い方があります。元々は、誓約、(契約に基づいた)仕事、(仕事に)従事していること、などの意味があります。契約に基づいて有償作業に従事するコンサルタントやエンジニア、そして長期的に顧客との良好な関係を維持することに責任を持つようなタイプの営業にとっても、engagement を成功させることは大切なことです。

私が現在所属している会社の Customer Relationship Management (CRM) は、グローバルで Salesforce を使っています。そこでは、契約前(プリセールス)の案件を opportunity と呼んで提案の状況を管理し、契約後(ポストセールス)を engagement と呼んでプロジェクトの財務を管理しています。ひとつの opportunity が複数の engagement に分かれることもあるので、別々のオブジェクトやビューが用意されています。

例文

その案件は、1月に始まり、6月に終わる予定です。
That engagement will start on January and is planned to end in June.

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contract

案件の対訳としての opportunity とengagement は、契約の前後で使い分けられますが、法務部門や契約管理部門のように契約そのものを案件として扱う場合は、"contract" と訳すとストレートに伝わります。

例文

その案件は、月末にお客様の署名をもらう。
The contract will be signed by the customer at the end of the month.

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「案件」は意味に応じて使い分ける

今回引用した国語辞典では、「案件」には大きく分けて3つの意味がありました。

①判断・相談してかたづけるべき問題」の場合は matterissue と訳し、「②調査すべき事件」の場合は case と訳すと、ほぼ日本語で意図していたニュアンスで伝わります。

③〔個別の〕事業、プロジェクト」の場合は project と訳すか、顧客に製品・サービスを提供する企業であれば、契約前後で opportunityengagement などの言葉を使い分けます。

「案件」を「契約」と言い換えられる場合は、contract と訳します。

*1:FY: Fiscal Year