英語にするのが難しい日本語⑦「帳票」

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狭義と広義の「帳票」

最近はペーパーレス化の流れもあって、世の中全体で紙印刷をする機会が減り、PDFファイルやCSVファイルを電子メールに添付したり、ハイパーリンクをクリックしてサーバからダウンロードできるようなシステムが多くなりました。銀行、クレジットカード会社、携帯キャリアなども顧客に向けてなるべく通帳や紙の明細をやめて、Web明細をお願いするようになっています。

IT業界では、システムで出力する書類を「帳票」と呼ぶことがあります。かつては、事務センターや工場や営業店などのプリンタで紙印刷していたもの指していたものと思いますが、現在では必ずしも紙印刷するとは限らないPDFのような電子をファイル含めて帳票と言うことがあります。

国語辞典をひくと、元々「帳票」には以下のような意味があります。「帳簿」と「伝票」から1文字ずつ取って作られた造語として、経理に使う書類を指しています。今回は、こちらを「狭義の帳票」と呼ぶことにします。

ちょうひょう【帳票】<名>
[経理に使う] 帳簿や伝票。
小野正弘他編, 三省堂現代新国語辞典 第六版, 三省堂, 2019.

一方、IT業界では経理以外の用途に使うものも含めてシステムが生成・出力する書類であれば何でも帳票と呼ぶ傾向があります。例えば、要件定義の教科書『図解即戦力 要件定義のセオリーと実践方法がこれ1冊でしっかりわかる教科書 』で帳票要件の例として挙げられているのは、「利用状況レポート」、「会員行動実績レポート」、「会員行動分析レポート」、「旅行者傾向予測レポート」です。今回は、このような経理以外の用途も含む帳票を「広義の帳票」と呼ぶことにします。

帳票の英訳

狭義の場合

ledger sheet

和英辞書で「帳票」という単語をひくと、ledger sheet と出てきます。これは狭義の帳票の意味に近く、英語圏の人はおそらくこの言葉で以下のような書式を想像しています。

広義の帳票の対訳としては使わない方が良いでしょう。

www.pinterest.jp

広義の場合

以下は、ITではなく会計の分野の記事からの引用ですが、「帳票」を英語にする際の難しさに触れています。ここで紹介されている document、form、report、paper の表現について、広義の帳票の英訳として用いる場合の注意点について考えてみます。

「帳票」とは、会社の取引記録が書いてあるドキュメント全般のことです。

会社の書類は基本的に該当するので、「帳票」の種類は、契約書や明細書、見積書、請求書、依頼書、納品書、領収書、伝票、帳簿など多岐にわたります。

英語で「帳票」に相当する単語を探すのは難しいですが、敢えて表現するのであれば"Business document" "Business form" "Business report" "Business paper"となります。"Business"の部分を"Company(会社)"や"Transaction(取引)"に変えても相手には伝わるでしょう。

ただ、具体的な帳票が頭に浮かんでいる場合は、混乱を避けるためにも、各帳票の具体名を英語で伝えるのがおすすめです。

【帳票】や【会計帳簿】は英語でなんて言うの?米国公認会計士が解説!〜英文会計入門シリーズ第42回〜

form

"form" は、「記入用紙」の意味になります。申込書のように、印刷した後に手書きで名前や住所など何らかの情報を記入するような帳票の場合に用いることができます。また、確定申告の e-Tax のように、画面上で入力した結果が印字されて出力されるような場合も、"form" は適切な英訳になります。

: a printed or typed document with blank spaces for insertion of required or requested information
// tax forms.
Form Definition & Meaning - Merriam-Webster

(日本語訳)
必須または任意の情報を入力するための空欄が用意されている印刷またはタイプされた書類

"business form" は文脈が明確であれば、英語圏の読み手にも記入用紙型の帳票と理解されると思いますが、単体で"business form" だけだと、「株式会社」、「合同会社」など法人の形態と解釈される可能性もある点にご注意ください。

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report

"report" は、「報告書」や「レポート」の意味になります。先の要件定義の教科書の例に挙げられていたようなシステム上のデータを集計・加工して出力するような帳票であれば、この英訳が適しています。

なお、"business report" は、「事業報告」の意味で解釈される可能性が高く、あまり帳票の意味では解釈されないかと思います。

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document

"document" は、「文書」や「書類」の意味になります。form と report の両方を含みますが、必ずしもシステムが生成するものとは限らず、人が Microsoft Word などで書いたものも document と呼びます。そのため、システムが定型的な書式に基づいて生成するファイルという意味での帳票とは少しニュアンスが異なってきます。"business document" も同様に、人が書いた「ビジネス文書」と解釈される可能性があります。

海外のシステムでは、"This is a computer-generated document. No signature required." や "This is a system-generated document. No signature required." という文章を帳票の末尾に印字することがあります。元々、請求書などの書類には署名がないと法的な効力がありませんでした。システムが生成する帳票だと1枚1枚に手書きの署名を加えられないため、このような但し書きを印字するようになったようです。ただし、この文章を加えても帳票に法的な効力が生まれる訳ではなく、あくまでも署名がないことについて、帳票を送る相手への但し書きの意味で用いられているようです。

does a computer generated letter need a signature? - Slaw

広義の帳票を説明するために、"computer-generated document" や "system-generated document" という表現を使うことはできそうです。ただし、少し長いのと説明的なので、文章の中で頻繁に帳票の対訳として用いるのには適していません。

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paper

"paper" は、文字通り「」なので、システムが生成・出力するファイルという意味での帳票とはあまり解釈されません。

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英語圏では "report" が日本語における「広義の帳票」のニュアンスに近い

帳票の対訳として使えそうな、form、report、document、paper の4つの単語について見てきましたが、どれも日本語における広義の帳票のシンプルな対訳にはならなそうでした。ただし、この4つの中では "report" が英語圏の人には「帳票」に近い意味で使われているのではないかと考えています。以下、3つほどその理由を説明します。

form と report のニュアンスの違い

以下は、海外のIT系の掲示板で form と report の違いについて投稿された質問への回答です。こちらを見ると、form はデータ入力のための画面を想定し、report はデータ出力のための印刷を想定しているとあります。

Differences Between Form and Report

Form Report
1. Form is primarily used for entering data. 1. Report is used for presenting the data.
2. Form is also used for displaying records but one record at a time. 2. Report is used for displaying whole records.
3. Data can be modified through the form. 3. Data can not be modified through report.
4. Form is designed to be used on screen. 4. Report are designed to be printed.

Differences Between Form and Report - theinfozones.com

(日本語訳)
Form と Report の違い

Form Report
1. Form は主にデータを入力するのに使う。 1. Report はデータを表示するのに使う。
2. Form はレコードを表示するのにも使うが、一度に1レコード。 2. Report はレコード全体を表示するのに使用する。
3. Form を通じてデータを変更できる。 3. Report を通じてデータを変更することはできない。
4. Form は画面上で使うことを前提としている。 4. Report は印刷することを前提にしている。

別な掲示板でもほぼ同じことが書かれています。

Difference between form and report :-
1. Form is the input to the system while report is the output from the system.
2. Form can be used to view and edit data one at a time while report displays whole record.
3. A form is a window or screen where it will be used while reports are designed to be printed.
4. A form allows to edit data while report does not.
https://brainly.in/textbook-solutions/q-distinguish-form-report?source=qa-qp-match

(日本語訳)
form と report の違い :-
1. Form はシステムへの入力であり、Report はシステムからの出力である。
2. Form はデータをひとつずつ参照して編集するために使用できるのに対して、Report はレコード全体を表示する。
3. Form はウィンドウまたは画面で使用され、Report は印刷されることを前提としている。
4. Form は編集できるのに対して、Report は編集できない。

帳票ツールの名前には Report を含むものがある

以下の Wikipedia のページは、海外のレポート作成ソフトウェアの一覧ですが、中には日本では帳票作成ツールとして知られているものもあります。ソフトウェアの名称にも "Report" という言葉が使われているものがいくつかあります。逆に "Form" や "Document" という言葉が使われているソフトウェアはありませんでした。

List of reporting software - Wikipedia

  • ActiveReports
  • Crystal Reports
  • Oracle Reports
  • SQL Server Reporting Services
  • Stimulsoft Reports
  • Style Reports
  • Telerik Reporting
  • Windward Reports
  • BIRT (Business Intelligence and Reporting Tools) Project

IBM の帳票定義書は "Report Specifications"

IBM (日本IBMではなく、米国本社の IBM Corporation) の開発方法論における帳票定義書の名前は、"Report Specifications" でした。

帳票の対訳の使い分け

以上見てきたように、文章の中で単語として出てくる帳票を英訳する場合は "report" と書くとほぼ近しい意味で伝わりそうです。

扱う帳票が主に記入用紙であれば、"form" と書くこともできますが、入力画面と誤読されないように注意が必要です。

帳票という概念を説明する時は、system-generated document や computer-generated document と書くと正確に伝わります。ただし、ちょっと長いので文章の中の単語としては使わない方が良いでしょう。