翻訳ツールに頼り過ぎることの弊害
最近の翻訳ツールは、テキストフィードに文章や段落を入力して翻訳するだけでなく、Word や PowerPoint などのファイルをアップロードするとファイルを丸ごと翻訳してくれるものもあります。
ITの現場でも、元々日本語で作られたファイルを翻訳ツールにかけて英訳し、海外のユーザーや開発者に渡すことがあります。このやり方は便利かつ迅速であるものの、誤変換された日本語を含むファイルを翻訳ツールにかけると、意図しない英語になってしまうことがあります。
例えば、次の請求プロセスの図には、本来は「決済」と書きたかったところを「決裁」と書いてしまった誤変換があります (ピンク色のアクティビティー)。
誤変換をそのまま残して翻訳ツールで英語にした結果は次のようになりました。日本語の「決裁」が "Approval" と訳されていますが、その前に営業部長 (sales manager) と経理スタッフ (accounting staff) が行っている「承認」も "approval" と訳されているため、英語版だけ見るとあたかも3回の "approval (承認・決裁)" が行われているように見えます。
自分で翻訳ツールにかけた人は誤訳の可能性も考えて、元の日本語の文書と翻訳された文書を注意深く見るかもしれませんが、翻訳された結果だけを受け取って読む人は元の文書で何と書かれていたかを知りようがありません。まして、日本語を知らない読み手であれば、「決済」と「決裁」が同音異義語だということを想像するのも難しいでしょう。
誤変換に気づきにくい言葉
ここからはIT文書で出てきそうな言葉の中から誤変換に気づきにくいものについて、日本語の意味と代表的な英語の訳語を紹介します。
一部の文字が共通していて意味が異なる言葉
同音異義語の中でも漢字2文字の内の1文字が共通している言葉は、誤変換に気づきにくい傾向があります。中でも「決済」と「決裁」のように、全く意味が異なる言葉は英訳した時に意味が通らなくなります。
確率と確立
確率 | 確立 | |
---|---|---|
日本語の意味 | ある事象が起こる、または、ある命題が真である、確からしさの度合。 「成功する―は低い」 |
物事をしっかりとうち立てること。確固としたものにすること。また、なること。 「民主主義政治体制が―する」「販売ルートを―する」 |
英語の訳語 | odds probability ほか |
establish, establishment erect, erection ほか |
決済と決裁
決済 | 決裁 | |
---|---|---|
日本語の意味 | (証券または代金の支払いによって)売買取引を完了すること。また単に、支払い。 | 長たる者が、部下の差し出した案の採否を決めること。 「大臣の―を仰ぐ」 |
英語の訳語 | clearance, clearing payment settlement ほか |
final decision approval authorization ほか |
原価と減価
原価 | 減価 | |
---|---|---|
日本語の意味 | ①仕入れ値段。もとね。 ②〔経済〕商品をつくるのに使う一切の費用が、製品の単位当たり幾らになるかを、計算した値。 「―計算」 |
①定価から割引した値段。値引き。 ②価額を減少すること。また、その値。 |
英語の訳語 | cost, cost price, price cost ほか |
depreciation price reduction ほか |
債券と債権
債券 | 債権 | |
---|---|---|
日本語の意味 | 国家・公共団体・銀行・会社等が、事業に必要な資金を借り入れるため発行する有価証券 | 財産に関してある行為を請求しうる権利。⇔債務。 ▽金を貸した者が借り手に対してその返済を請求する権利など。 |
英語の訳語 | bond debenture securities ほか |
claim receivable credit ほか |
施行と施工
施行 | 施工 | |
---|---|---|
日本語の意味 | ①計画を実行にうつすこと。 ②公布された法令の効力を現実に発生させること。 「―規則」「―期日」 |
工事を行うこと。 |
英語の訳語 | effectuation enforcement, force ほか |
construction work ほか |
一部の文字が共通していて意味も似ている言葉
漢字2文字の内の1文字が共通している言葉の中には、日本語の意味が似ているものもあります。そのような言葉は、翻訳した時に同じ英単語になる場合があります。日本語と英語の語彙の違いから同じ英単語で表すことを避けられないこともありますが、元の文書で意図的に使い分けている場合は、英語にする時もシソーラス (類語辞典) などを使って訳し分けなければいけません。
異動と移動
異動 | 移動 | |
---|---|---|
日本語の意味 | 地位や勤務などが変わること。 「人事―」 |
位置をかえること。 移りうごくこと。 移しうごかすこと。 「―図書館」 |
英語の訳語 | transfer | move transfer ほか |
改定と改訂
改定 | 改訂 | |
---|---|---|
日本語の意味 | (今までの決まっていた事を) 改めて、決め直すこと。 「標準報酬を―する」 |
(主に文章について) 述べ方、また述べてある内容を、直し改めること。 「教科書の―版」「職員の給与額を―する」 |
英語の訳語 | revision | revision |
解放と開放
解放 | 開放 | |
---|---|---|
日本語の意味 | ①ときはなして自由にすること。 「人質を―する」 ②体や心の束縛や制限などをとり除いて自由にすること。 「妄想から―される」 |
①あけはなすこと。 「窓を―する」「―厳禁」 制限を解くこと。 自由に出入りさせること。 「門戸―」「市場―」 |
英語の訳語 | release ほか |
open |
規定と規程
規定 | 規程 | |
---|---|---|
日本語の意味 | 物事の仕方や手続き、また概念など、それに基づいて行為や議論ができるように、はっきり定めること。またその定め。 「―の料金を払う」「―量」「法律に―されている」「手続を―する」 ▽「規程」と区別する場合には、「前条の―による委員は」のように、個々の条・項・号の定めいう。 |
官公庁や組織体の内部で事務手続きなどについて定めた(一まとまりの)規則。 「物品出納―」 |
英語の訳語 | prescript, prescription stipulation rule ほか |
prescript, prescription stipulation rule ほか |
基点と起点
基点 | 起点 | |
---|---|---|
日本語の意味 | 距離を測る時などの、もとにする(地)点 | 物事、特に道路や鉄道がそこから始まる(と定めた)所。⇔終点。 「日本橋を―とする」 |
英語の訳語 | base, base point basic point ほか |
origination, point of origin starting point ほか |
基板と基盤
基板 | 基盤 | |
---|---|---|
日本語の意味 | 電子機器の部品で、半導体などを組み合わせて搭載する板。 「プリント―」 |
その上にすべてを積み上げてゆく土台。 物事の土台。 「生活の―」「―とする技術」 |
英語の訳語 | basal plate substrate ほか |
base, basis infrastructure platform ほか |
裁決と採決
裁決 | 採決 | |
---|---|---|
日本語の意味 | 物事の理非をさばいて申し渡すこと。 「―を下す」「―を仰ぐ」 |
議案の採否を、会構成員各々の賛否によってきめること。 「―をとる」 |
英語の訳語 | decision judgment determination ほか |
vote |
志向と指向
志向 | 指向 | |
---|---|---|
日本語の意味 | 心がその物事を目指し、それに向かうこと。 「快楽を―する態度が著しい」 |
する事が初めからその方向を指して向かうこと。 「開発を―する政策」 |
英語の訳語 | intention aspiration ほか |
oriented directional ほか |
平行と並行
平行 | 並行 | |
---|---|---|
日本語の意味 | ①数学で、同じ平面上の二直線、または直線と平面と、または二平面が、幾ら延長しても交わらないこと。 ②比喩的に、一方に対しそれと同じような事が他方でも成り立つこと。 「これと全く―して次の定理が成り立つ」「―的に次の事も言える」 |
並んで進むこと。 「線路と―して走る国道」「議論が―して一向に結論を得ない」 |
英語の訳語 | parallel | parallel |
要項と要綱
要項 | 要綱 | |
---|---|---|
日本語の意味 | 必要な、肝心な事柄(を記したもの)。 「募集―」 |
根本を成す大事な事柄(をまとめたもの) 「防災計画の実施―」 |
英語の訳語 | essential point gist ほか |
outline rule ほか |
その他の間違え易い言葉
以下は、必ずしも同じ文字を使っていないものの、間違え易い同音異義語です。
特に保証と補償は、ITの文脈では「トランザクション」という言葉と共によく使われます。しかし、「トランザクション保証」と「補償トランザクション」では、全く意味が異なります。それぞれの意味を正確に理解していないと、誤変換に気づけず、英訳も全く異なる意味になってしまいます。
体制と態勢
体制 | 態勢 | |
---|---|---|
日本語の意味 | ①ものの組み立てられた状態。 ㋐生物体の各部分がそれぞれの働きをしながら、全体の統一を保っている、その関係。 ㋑(社会を一つの生物体のように見て)社会が組織されている様式。 「資本主義―」 ㋒ある勢力が支配する状態。 「ベルサイユ―」「―側」 |
物事に対する身がまえや状態。 「準備―を整える」「防御―をとる」 |
英語の訳語 | structure framework order regime ほか |
readiness preparedness ほか |
保証と保障と補償
保証 | 保障 | 補償 | |
---|---|---|---|
日本語の意味 | ①だいじょうぶだと、うけあうこと。 「一年間―つきの時計」「人柄を―する」「―金」 ②賠償の責任を負うこと。 「連帯―」「―人」 |
障害のないように保つこと。 「社会―」「最低賃金を―する」。 特に、現在・将来の状態や地位を(侵略から防ぎ)保全すること。 「安全―」 |
損害・費用などを補いつぐなうこと。 「災害―」「遺族が―を求める」 |
英語の訳語 | guarantee warranty undertaking ほか |
security guarantee indemnity palladium ほか |
compensation ほか |
翻訳ツールは便利だが、必ず翻訳結果をチェックする
今回見たような日本語の誤変換は、日本語の文章を流し読みしていると気づきにくいことがあります。また、言葉の理解が曖昧だと、勘違いから誤訳を招いてしまうかもしれません。
翻訳ツールを使う場合も、元の文書の内容をよく理解している人がチェックして適切な英訳になっていることを確認する必要があります。