英語にするのが難しい日本語⑩「ひも付け」

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マイナンバーの「ひも付け」問題

最近、マイナンバーこと個人番号に公金受取口座を指定するにあたって、他人や家族といった本人以外の名義の口座が登録されていることが問題になっています。原因としては行政による事務手続きのミスや、家族の中でまだ口座を持っていない子供のマイナンバーに親の口座を登録している例などがあると言われています。

www3.nhk.or.jp

www.itmedia.co.jp

報道ではマイナンバーと口座の関連付けのことを「ひも付け」や「紐付け」と言っており、マスコミだけなく総務省もこの言葉を使っています。

www.soumu.go.jp

IT業界でよく使われる「ひも付け」

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「ひも付け」や「ひも付ける」という表現は、以前より日本のIT業界で使われてきました。例えば、「マイナンバーと銀行口座番号をひも付ける」、「経費申請と請求書のひも付け処理」、「人事システムに Active Directory のユーザーをひも付けてシングルサインオンを実現する」のような言い方をします。

意味としては、識別子や名称によって異なるデータやオブジェクト同士を関連付けることを指しています。

ひもづけ【×紐付け】〘名・ス他〙
あるデータと別のデータを関連づけること。「リストと画像の―」
西尾実他, 岩波 国語辞典 第8版, 岩波書店, 2019.

「ひも付け」は比較的新しい日本語

作者: doosy

実は「ひも付け」は、最近まで辞書には載っていない言葉でした。2019年発行の『岩波 国語辞典 第8版』には掲載されていますが、2011年発行の『岩波 国語辞典 第7版 新版』ではまだ掲載されていませんでした。他の国語辞典でも概ね2020年前後に発行された版で、現在の意味で掲載されるようになったようです。

それ以前は「紐付き」という言葉はありましたが、「ひも付け」とは別の意味で使われていました。

ひもつき【×紐付(き)】
①ひもが付いていること。そういうもの。「―のしおり」
②行動がしばられる(結果になる)背後関係があること。「―の援助」「あの女は―さ」
西尾実他, 岩波 国語辞典 第7版 新版, 岩波書店, 2011.

「ひも付け」の方は、国語辞典の文例にコンピュータやデータといった単語を使っていることから想像すると、元々IT業界で特殊な意味で方言的に使われていたところから、後に一般にも広まった言葉であると考えられます。

「ひも付け」は新しい言葉であるが故に英訳しにくい

新しい言葉であることから「ひも付け」を含んだ文章は翻訳ツールを使っても適切な英文にならないことがあります。

例えば、以下の文章を DeepL と Google 翻訳にかけたところ、「ひも付け」を "string" (1列に並べる、ひと続きにする) や "attach" (取り付ける, 添付する) と訳しています。

行政機関が間違って個人識別番号を他人の銀行口座にひも付けてしまった。

DeepL

A government agency mistakenly strings a personal identification number to someone else's bank account.

Google 翻訳

A government agency mistakenly attached a personal identification number to someone else's bank account.

また、以下の文章の場合は、DeepL はやはり "string" と訳していますが、Google 翻訳は「ひも付け」に相当する言葉を使わずに訳しています。

毎月、オペレーション部門では経費申請と請求書のひも付け処理をしている。

DeepL

Each month, the Operations Department processes expense applications and strings together invoices.

Google 翻訳

Every month, the operations department processes expense requests and invoices.

"attach" は文脈が明確であれば意味が伝わると考えられます。一方、"string" は比喩的な表現として理解されることもあるかもしれませんが、日本語の「ひも付ける」の意味を表す英文にはなりません。

「ひも付け」の訳し方

「ひも付け」の英訳としては、"link" や "linkage" が相当します。"link" は「複数のものを接続する」、"linkage" は「接続」や「繋がり」の意味になります。

例えば、英字新聞の The Japan Times も今回のマイナンバーに関する報道では "linked" と表現しています。

The Digital Agency has also revealed a different kind of glitch in the system. According to the agency, nearly 55 million people have included their bank accounts as part of their My Number registration. However, at least 130,000 bank accounts linked to My Number accounts and set up to receive state benefits belong not to the cardholders but to their family members. Apparently, in most cases parents used their own bank details when registering their children. In several hundred other cases, completely different individuals’ information — the wrong person — was registered.
(日本語訳)
デジタル庁は、また別の種類のシステムの不具合も明らかにした。同庁によると、約5,500万人がマイナンバー登録時に銀行口座を申告している。しかし、国からの給付金を受け取るためにマイナンバーのアカウントにひも付けられた少なくとも13万件の銀行口座は、カード所有者ではなく、その家族のものになっている。どうやら、そのほとんどは、親が子供のマイナンバー登録をした際に、自分の銀行口座を登録したケースと見られる。また、数百件のケースでは、まったく別の個人の情報、つまり人違いで登録されていた。

www.japantimes.co.jp

また、「関連(付ける)」という意味の "associate" や "association" と表現することもできます。

"link" は、ケーブルなどによって物理的に繋がっていたり、C言語の実行モジュールを作成するリンク処理やHTML のハイパーリンクのようにプログラムで繋がりが定義されているようなニュアンスであるのに対して、"associate" は、Unified Modeling Language (UML) の関連線のように概念的に結び付けられているようなニュアンスがあります。

先ほどの文章をそれぞれ "link" を使って英訳すると、以下のようになります。

The government agency mistakenly linked a personal identification number to someone else's bank account.


Each month, the Operations Department processes the linkage of expense reports with invoices.

翻訳ツールも文章や文体によっては「ひも付け」を "link" や "linkage" と英訳したケースがありました。「ひも付け」が国語辞典にも掲載されている現在、翻訳ツールもいずれ学習の結果として適切な英語にしてくれると思われます。しかし、「ひも付け」以外にも、まだ一般化していない、または一般化して間もない言葉を含む文章を英訳する際には注意が必要です。