体言止めは英訳しにくい

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俳句や短歌で使われてきた体言止め

「体言」とは名詞や代名詞のことで、「体言止め」とは名詞や代名詞で文章を終える日本語の表現方法です。

たいげん[体言]
〔=活用しないことば〕
〘言〙名詞と代名詞。〔広くは、「これは君のだ」の「君の」、『なせば成る』だよ」の「なせば成る」のように、「だ」をつけて名詞のように使うことばもふくむ〕☞用言
たいげんどめ[体言止め]〔和歌などで〕終わりを体言で止め、余情や余韻を残す表現方法。
見坊豪紀編, 三省堂国語辞典 第八版, 三省堂, 2022.

体言止めは、元々和歌などで発展した修辞技法で、例えば小倉百人一首の蝉丸の歌は「逢坂の関」という関所の名前 (名詞) で結んでいて、関所で行き交う人々を眺めながら出逢いと別れに思いを寄せる心情を表しています。

これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関
蝉丸

これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関

体言止めはマスコミや金融機関でよく使われる

和歌では昔から使われてきた体言止めですが、現代でもマスコミや金融機関などで使われています。

新聞では以前より紙面の制約から字数を節約する手段として体言止めを使っていましたが、テレビでも2000年代頃からよく使うようになりました。朝のニュースでも新聞の見出しのような体言止めのテロップを、アナウンサーが「激しい黒煙…雑居ビルで火事」のようにそのまま声に出して読んでいたりします。

例外的な場合とか特別な目的がある場合は別として、第一級の文章家は決して体言止めを愛用することがない。体言止めは、せまい紙面でなるべくたくさんの記事を押しこむために、たぶん新聞で発達した形式ではないかと思う。
本多勝一, <新版>日本語の作文技術, 朝日新聞出版, 2017.

報道関係では従来新聞記事の見出しなどで用いられてきた体言止め・助詞の省略が,映像メディアで頻出するようになってきている。約2年前の同番組(「おはよう日本NHK,2005年2月18日放送)と比較すると,2年前の番組では,体言止め・助詞の省略は皆無ではないものの,非常に少ない。これに比べて,現在は枚挙に暇がないほどに生じている。ここに挙げた例はほんの一部である。このことから,NHKの報道番組に限ると,体言止め・助詞の省略の劇的な増加は,早くともここ1,2年の間に生じたことが分かる。
轟里香, 映像メディアで使用される言語の変化 ─英語学習者に対する影響─, 北陸大学 紀要 第31号, 2007.

また、金融機関でも決裁や説明の資料に体言止めを使うことを好みます。私も金融業界のお客様を担当していた時には、体言止めの文章をよく目にしました。

他にも、「体言止め」や「用語止め」も語尾の表現としてはオススメです。例えば、「~を達成」「~を予定」といった体言止めや、「~を狙う」「~を目指す」といった用語止めです。体言止めや用語止めは箇条書きにもマッチしているので、箇条書きも合わせて活用することで、さらに読み手にポイントを理解してもらいやすくなります。
説明資料は「です・ます調」よりも「である調」「体言止め」「用語止め」で作るのがオススメ | 木山公認会計士事務所

銀行・役所では「〜と思料」と体言止めで使います。
体言止めとは、文の末尾を体現で終わらせることをいいます。
古くから短歌や俳句で使われていますが、体言止めを使用することで文章が読みやすくシンプルになる効果があるため一般的な文章でも使用されます。
銀行・役所では、文書で決済・承認を書くときに「思料」を「〜だと思います」という意味で使用します。例えば、「〜は特段問題のないものと思料」という使い方です。
役所では説明・答弁は簡潔が基本なので、字数を減らすために体言止めで使用されることが多いです。
「思料」の意味は?銀行や法律での使い方、類語「思慮/思案」との違い - WURK[ワーク]

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一般的にはビジネス文書で体言止めは避けるべきとされている

マスコミや金融のような一部業界では体言止めを用いることが望ましいとされていますが、ビジネス文書では一般的には以下のような理由により、体言止めは使い過ぎない方が良いと言われています。

  • 時制が分からない
  • 「状態」を表すのか、「行為」や「意思」を表すのか分からない
  • 意味を読み手に委ねてしまい、文章の意図が伝わりにくくなる

例えば、次のような体言止めの文章があったとします。

サプライチェーンの DX にパブリッククラウドを活用。

まず、時制について、例文ではサプライチェーンで「既にクラウドを活用してきたのか」(過去形)、「これからクラウドを活用するのか」(未来形) が分かりません。 また、サプライチェーンで「クラウドを活用している」という「状態」を表しているのか、それとも「クラウドを活用していく」という「行為」や「クラウドを活用していきたい」という「意思」を表しているのかも曖昧です。そして、このような曖昧性から、書き手の意図が読み手に伝わらず、文章の意味を読み手に委ねてしまいます。

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翻訳者は体言止めを嫌う

そして、この体言止めは、英語との相性がとても悪いです。

英語には日本語の体言止めに相当する修辞技法はないため、同じような文体を英語で表現することができません。そして、「時制」や、「状態」と「行為・意思」の曖昧さが動詞を重要視する英作文を難しくします。

プロの翻訳者の体言止めについての意見をいくつか見てみます。

また字数を稼ぐために体言止めを多用するのも、翻訳を前提とする文章では適切ではありません。主語、述語がそろった素直な文章を書くことを心がけてください。
翻訳しやすい文章

放送向け翻訳では、聞きやすい、シンプルな文章にする必要があります。日本語の文章パターンにとらわれず、長い関係詞節で聞き手を待たせたりしないことが大切です。日本語では受動態や体言止めが多用されますが、そのまま英語にすると不自然なことが多いです。
講師インタビュー | 国際研修室 英語 通訳・翻訳者 養成講座

この方法で発注する場合、重要なポイントがあります。それは、日本語として多少不格好でも、英語にしやすい日本語にしておくということです。特に、翻訳をする側の立場から言うと、動作の主体(主語)が明確にわかるようにしていただくと助かります。日本語の見出しは体言止めが多いほか、スローガンなどでは「〜を目指して」「〜に向けて」のような副詞止めも多くあります。そのようなフレーズは主語が曖昧なことが多く、英語にしにくい場合が往々にしてあるのです。それを「翻訳」と割り切って主語を曖昧なまま訳すと、英語ネイティブの読者にとってよく伝わらない表現になってしまいがちです。
また、「〜を推進」「〜を構築」といった体言止めや、「〜を目指して」といった副詞止めの日本語をそのまま訳した場合、「〜ing ...」という動名詞句になることがよくありますが、このようなフレーズをメッセージ性を持たせたい見出しやスローガンに多用するのはお勧めできません。これらの動名詞句は、どちらかと言えば客観的・事務的、あるいはいかにも翻訳という感じがあり、どちらかと言えば心に響きません。動名詞以外の通常の名詞句や、主語・動詞がはっきりとしたセンテンス(節)の方がインパクトがあり、印象に残りやすいのです。
実際、英字新聞や英文雑誌の記事の見出しを見ていただければわかると思いますが、ほとんどの見出しが「主語+現在形の動詞」のセンテンス(受動態の場合は、be動詞を割愛した形)になっています。また、下の記事は、グローバル企業の印象的なスローガンやタグラインのベスト63を挙げているものですが、この中に「〜ing ...」の動名詞句になっているものはひとつもありません。
ネイティブが違和感を感じる英文デザイン ─ その3)長すぎる見出し | デザインクラフト コラム

英訳することが分かっている文章については、上記のプロの翻訳者の意見のように体言止めを使わない書き方にしておくべきです。また、業界の慣習などにより日本語の原文に体言止めが多く含まれる文書を翻訳する場合は、日本語と英語の両方の表現方法に精通し、日本語の意図を適切な英語にできる高度なスキルを持つ人にお願いするのが良いでしょう。